【EU鉄道一人旅】音楽の都ウィーンの旅:クリムトのアトリエ完全再現『Klimt-Villa』を訪れたお話。

      2017/09/29

クリムト

こんにちは、イラストレーターのKiKi(@kikiiiiiiy)です。

6月に、EU版青春18切符『Interrailパス』を使ってヨーロッパ鉄道一人旅に出たのですが、気付いたら9月も終わり。

ヨーロッパ版青春18切符⁉︎『Interrail Pass』を使ってヨーロッパ鉄道一人旅してきます!

 

【EU鉄道一人旅】4カ国・7箇所・10日間の旅から無事戻りました! 旅行計画の立て方とアドバイス!

そして、その旅行記事が2カ国目のオーストリア・ウィーンで止まっていました!!

【EU鉄道一人旅】音楽の都ウィーンの旅:基本情報編

連続で旅行記事を更新していた時に、『これだと、旅行ブログになってしまう。。』と思って一旦更新をストップしたのですが、

以下の記事でも書いた『情報を集める事・自分の経験をシェアする事の大切さ』の考えのもと、この旅行の経験もきちんとブログに残していきたいなと考えています◎

【オペア留学を知った理由】情報を集める事・自分の経験をシェアする事の大切さについて

 

ブログ記事の種類が偏らないように、まばらに更新していくつもりなので、気長に待っていてくださると嬉しいです。

ということで、だいぶ間が空いてしまいましたがウィーン編、再開です!今回は、クリムトのアトリエを完全再現した『Klimt-Villa』に行ったお話を書きたいと思います◎

 

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グスタフ・クリムトとは?

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PHOTO: Gustav Klimt

 

グスタフ・クリムトドイツ語: Gustav Klimt, 1862年7月14日 - 1918年2月6日)は、世紀末ウィーンを代表する帝政オーストリア画家

女性の裸体、妊婦、セックスなど、赤裸々で官能的なテーマを描くクリムトの作品は、甘美で妖艶なエロスと同時に、常に死の香りが感じられる(若い娘の遺体を描いた作品もある)。また、「ファム・ファタル」(宿命の女)というのも多用されたテーマである。『接吻』に代表される、いわゆる「黄金の時代」の作品には金箔が多用され、絢爛な雰囲気を醸し出している。

クリムトは、同時代の多くの芸術家同様、日本や東アジアの文化の影響を強く受けている。日本文化への深い傾倒は、甲冑や能面などの美術工芸品を含むプライベートコレクションからも明らかで、1900年分離派会館で開かれたジャポニズム展は、分離派とジャポニズムの接近を象徴するイベントであった。特に浮世絵琳派の影響は、クリムトの諸作品の基調あるいは細部の随所に顕著に見て取れる。

クリムトはかなりの数の風景画も残している。殊にアッター湖付近の風景を好んで描いた。正四角形のカンバスを愛用し、平面的、装飾的でありながら静穏で、同時にどことなく不安感をもたらすものである。

wikipediaより

 

私はクリムトの描く絵の色合いと女性たちが身にまとっている布の柄がとても好きです。ウィーンに訪れると決めた際、調べたら彼のアトリエがあり、見学もできるということで行ってみることにしました。

NHKの旅するドイツ語でも、こちらが紹介されていました。行く前に番組を見たので、実際に訪れた時は『本当に来ちゃった!!』とテンションが上がりました。笑

 

そのクリムトのアトリエを完全再現した『Klimt-Villa』

 

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クリムトは1911年から世を去る1918年まで、ウィーン13区のヴィラにアトリエを構えていました。

アトリエはウィーン西部の住宅街に立つ19世紀の石造りの一軒家で、クリムトは死去までの約6年間、肖像画「アデーレ・ブロッホ・バウアー2」などの名作を描いた。

建物は第2次大戦後に政府の所有となり、学校として使われた後、約30年前に空き家になった。クリムト時代の調度品は散逸し、一時は取り壊し案も浮上したが、ウィーンにはクリムトに特化した拠点施設はなく、クリムトの死の直後に撮られた写真を基に昨年から復元工事が進んでいた。

アトリエの壁は当時と同じクリーム色に塗り直され、室内に実際に置かれていた作品についても複製品を展示し、当時の雰囲気の再現に努めた。

クリムトは日本の美術に関心を寄せ、別の部屋には当時飾られていた侍の甲冑(かっちゅう)の現物が置かれ、複製した浮世絵も元の場所に掲げられた。

-日本経済新聞より

現在アトリエは、当時を完全再現して一般公開されているほか、コンサートなども行われているようです。

 

 

日が当たる場所も考えて作られた、アトリエ。

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北にあるこの部屋が、クリムトが絵を描いていた場所。

北にある理由もきちんとあって、それは直接太陽の光が入らないようにするため

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太陽は東から登り、西に沈みます。その移動の光の影響を受ける部屋で制作をしていると、色味が変わって見えたり、影が落ちてきたりと、同じ色を保って描くことが難しくなってくるそうです。

そんなこと、考えたことなかった。。。

そこまで細部まで細かくこだわって絵を描いていたからこそ、出せる美しい色合いなんですね。

 

 

日本や東アジアのコレクションが広がる、応接間。

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日本や東アジアの文化をとても好きだったというクリムト。応接間には日本の浮世絵も多く飾られていました。

クリムトは日本女性が着る着物から、自分の描くモデルたちが身にまとう布の見せ方の発想を得ていたそうです。いつも美しいと感じていたものが、自分の国から発想を得ているものだったということを知って、なんだか不思議な気持ちになりました。

 

アクセスはこちら。

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住所: Feldmühlgasse 11, 1130 Wien, Austria

HP:http://www.klimtvilla.at/

時間:こちらで確認してください。

次は画家フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーが建てた、フンデルトヴァッサーハウスに行ったお話を書きたいと思います!

ここまで読んでくださってありがとうございました◎

 

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